自幸満足-ジコマンゾク-

※UBW時空聖杯戦争後



「不幸なんだよ、お前は」
 慎二が言った言葉を上手く飲み込めず、士郎はゆっくりと瞬きを繰り返した。
 仰向けになって顔を横に向けただけの士郎には、身体をむこうに向けた慎二の顔は全く見えない。代わりに見える肩が寒そうで、布団を持ち上げてかけ直した。
「不幸? 俺が?」
 やっぱり良く解らない、と素直に伝えると、慎二は沈黙する。考え込んでいるのか、もう応える気が無いのか。
「うん、不幸って言うとニュアンスが違うかもな。お前は、絶対に幸せになれない」
 前者だったらしい。気怠げな空気を纏い少し掠れた声が答えた。その言葉は間違いなく士郎に向けているのに、言い方はまるで自分に言い聞かせているようだった。
「"傍にいられるだけで幸せ"なんて、そんなのは嘘だ。いや、嘘ってのは言い過ぎか。あんなのは"まやかし"だよ。すぐ別れる頭の足りないカップルが、とりあえず付き合い続けるためにでっち上げた体のいい言い訳だ。傍にいるのには必ず利己的な理由があるんだ。セフレなんか解りやすいだろ。性欲を満たすためとか、寂しさを紛らわすためとか」
 独り言のような慎二の言葉は続く。
「お前は、その"理由"に気付いてない。馬鹿だから、まやかしを本気で信じてる。自分の幸福が何だか少しも解ってない。お前、自分が理由をでっち上げてることにも気付いてないだろ」
 慎二はそこで言葉を止め、ふぅとため息を吐いた。気怠い身体で一気に喋ったせいで疲れたのかもしれない。でも慎二がこれほど思いを吐露するのは、行為の後以外になかった。
「衛宮、水」
 半身を起こした慎二に、テーブルに置いておいたペットボトルをキャップを外して渡す。ボトルを傾け白い喉が上下して水を飲み込んでいく様を、士郎はただ眺めた。さっきまでの、全身を仄かに紅く染め甘い声を発していた姿態を思い出して再び欲が湧き上がりかけたが、これ以上は慎二に負担を掛けすぎるからと押しとどめる。
 返されたペットボトルを自らも呷り、予想外に乾いていた喉を潤してから、キャップを閉めて床に置く。きっと寝る前にもう一度くらいは飲むだろう。
「俺は、慎二が好きだから傍にいたいと思うんだ。それ以上の理由がいるのか?」
 半身を起こしたままうつむき加減にぼうっとしていた慎二が、士郎の言葉を聞いて目を見開いた。ちらりと視線を遣り、また下を向いて顔を顰める。
「僕が好きな理由も言えないくせに」
 吐き捨てるように慎二が言った。
 息を飲んだ士郎の脳内に、白い部屋の記憶が蘇る。
 聖杯戦争の後、士郎が慎二の病室で告白をして付き合い始めた翌日、慎二が「何故自分のことが好きなのか」と訊いてきたことがあった。ニヤニヤと笑いながらでも、嫌そうに眉をひそめながらでもなく、ほんの僅かに恐れを帯びた目で真剣に訊いてきたのだ。初めて見る表情に困惑しながらも、士郎は答えるために考えた。
 けれど、答えは出なかった。
 中学からの友人だから、それもある。けれどそれは恋愛感情と直接的に結びつくものではない。顔がキレイだからとか、家が金持ちだからだとか、弓が上手いからだとか、他人が並べそうなありきたりな理由を思い浮かべてもみた。けれどどれ1つとして、士郎が慎二に抱く"傍にいたい"という感情を説明するには至らなかった。
 言葉に詰まり困り果てた顔をした士郎に、慎二は苦虫を噛み潰したような顔をして「お前、僕のこと好きじゃないだろ」と一言苦しげに言った。そんなはずはないと反論しようとした時には、もう慎二は士郎に背を向けてベッドの上で布団をすっぽり被って丸くなっていた。結局その日は何を言っても応えは無く、仕方なく病室を後にしたのだった。
 次の日、少し不安を抱えて面会に行くといつも通りうざったそうに迎えられたので、以降その件を蒸し返すことはしなかった。まあ機嫌が特に悪かったのだろう、ぐらいに思っていた。
 けれど、慎二は士郎の反応をしっかりと覚えていたのだ。
 士郎は狼狽した。慎二が気難しい性格なのは分かっていたつもりだが、このタイミングで同じ問いを投げられるとは思ってもみなかった。……いや、さっきから慎二はずっとその事を言っていたのだ。好きの理由に気付け、それが無いならその好きは"まやかし"だと。
 士郎には、慎二がどうしてそこまで"理由"にこだわるのかが解らなかった。そもそも、士郎にとって"好き"は告白をする理由そのものだった。更にその理由なんて、考えたこともない。慎二は難しい性格だから、言葉にしないと納得できないのかもしれない。いままで何十何百と言われてきたであろう「好き」という言葉だけでは、それを友人の男に言われただけでは。
「そうだな。もしかしたら、俺の気持ちは"好き"とは違うのかもしれない」
 口を開きかけた慎二を遮るように続ける。
「でも、慎二の傍にいたいって気持ちは本当だ。それは絶対に間違いない。まやかしなんかじゃない」
 納得できないなら、納得するまで本当の気持ちを伝えるしかない。ひょっとしたら、この気持ちは慎二の考える"好き"とは違うのかもしれない。それでも、これが俺の"好き"なんだと、そう伝え続けるしか俺にはできないんだ。
 顔を顰めた慎二の瞳が揺れている。きゅっと唇を引き結び、奥歯を噛み締めたらしく頬の筋肉が盛り上がった。震える唇がゆっくり開き、声を絞り出す。
「お前、僕の話聞いてなかったわけ。"傍にいられるだけで幸せ"なんて、そんなの」
「俺は幸せになりたいんじゃなくて、ただ慎二の傍にいたいんだ」
 慎二の見開かれた目が士郎を見た。信じられないものを見る目が、一呼吸の後呆れたように細められる。目を閉じてひとつため息を吐いて、慎二は棘が抜けた声で言った。
「お前、馬鹿だろ、本当に」
 慎二の中で、何かが腑に落ちたのだろう。苦しげに寄せられていた眉が脱力し、頬は緩んでほんの少し笑っていた。同時に士郎の肩からも力が抜けて、力んでいたのだとその時知った。
 そろりと腕を伸ばし、緩く慎二を抱く。一瞬身体が強ばったが、慎二は抵抗することなく士郎の肩に軽く頭を凭せた。
 事後の慎二は色々と無防備だ。さっきのようにつらつら吐露もすれば、こうやって甘えるような仕草もする。甘えるのは、付き合ってからいままで事後にしかしてくれたことがない。
 士郎は慎二のくせ毛を梳くように撫でながら、さっきの自分の言葉を反芻した。
 ただ、自己満足のために、慎二に告白した。慎二が言う"利己的な理由"は、"傍にいたい"という願いそのものだった。願ったことが叶っているのだから、幸せと言っていいんだろう。でも、幸せを得たいから告白したわけじゃない。慎二には幸せだと思ってほしいけれど、俺自身は幸せじゃなくていい。好きな人がほんの少しでも笑ってくれるなら、俺はどんなところに堕ちたって構わない。だから、"絶対に幸せになれない"と言われたって、この気持ちが揺らぐわけがない。
 ふと気付くと、慎二は肩に凭れたまま寝息を立てていた。士郎が目をみはる。いままで身体に触れた状態で眠れたことなどなかったのに。
 士郎の口元に自然と笑みが浮かんだ。自分には解らないけれど、何かが少し解決して、前に進めたのだろう。それは、たぶん良いことだ。
 慎二をそっと横たえ、前髪を退けて額に口付けを落とす。ふと、ペットボトルを床に置いたままだったことを思い出し、朝寝ぼけて蹴飛ばさないようテーブルに戻した。それからベッドに戻って、恋人の寝顔に呟く。
「おやすみ、慎二」
 返事はもちろん無かったが、横になった士郎が抱き直しても起きることはなかった。



結城

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