鳴り響く地面と靴のぶつかり合う硬質な響きを聞きながら僕は階段をのぼる。
今日は中学校が休みなのであたりに人はいない。
ここにいるのは高校生であるはずの僕一人だけ。
昔も同じように一人でこの学校を歩いていた事実をちらりと思いだしながら、無駄に長い階段を上る。
鉄でできた金臭い扉を開けた、その先。
途中から僕が衛宮を招き入れたことで、思い出の場所にもなった。
そこに広がるは中学のころの僕と衛宮の溜まり場。
そこへ足を踏み出した途端、雪に反射した真っ白な冬の光が僕を手荒く迎え入れる。
思わず目を伏せてしまいそうになりながら長らくご無沙汰だった自らの思い出と正面から向き合う。
久しぶりにやってきた中学校の屋上は、僕の記憶の中にあるものとまったく同じ姿で安心する。
ベンチも、柵も、僕が好きだったこの景色は何一つ変わっちゃいなかった。
静寂と降り積もる雪を尻目に僕は屋上の一画、ちょうど夏場には影となってくれていた場所に腰を下ろす。
屋上に吹き抜ける冬の風が僕のそばを通り過ぎている。
舞い落ちる雪が風に合わせて揺蕩う中、僕が伸ばした手のひらに一粒だけ雪がちゃんと降りてきて、すぐに消えてゆく。
昼時だというのにどんよりと薄暗い空模様をぼんやりと見上げながら、あいつは一人ぼっちの雪に似ていたんだなと、ただ一言つぶやいてみた。
雪は綺麗なものだと誰もが考えている。
美しいなものや純粋なものの象徴だと、いろんな小説にも書いてあった。
実際雪の結晶は自然界のどれよりも美しく、儚い。
雪は天からの贈り物、そう解釈する人間もいた。
そうやって誰もが雪に幻想を抱き、勝手に解釈しようとする。
でも実際に核となっているのは空気の中の塵芥だ。
積もればゴミとして処分されてしまうような、今は小さいからこそ見逃されていたものが、結晶の核となり人間の心を動かすのだ。
衛宮はちっぽけな存在だった。
初めはきっと魔術だって使えなかったはずの、壊れた人間だ。
理念と存在自体が矛盾しているような人間だから、正義の味方になればきっと排除されてしまうだろう。
雪となっても、きっと「悪者」がいなくなって春が来たら、忘れられてゆくはずだ。
だから僕はあいつが一粒の雪に似ていると感じた。
一見誰よりも高潔そうでお人よしのくせに、みていられないくらい危なっかしくて、中身というか根っこの部分に自分に対する薄暗い感情が存在していて、きっとすぐに消えてしまう。
そんなところが衛宮に似ているように思った。
なんで僕はあの時衛宮を自分一人のための場所に入れてしまったのか、いまでもわからない。
あの時、そんなことをしてなければ衛宮に捨てられたなんて思わなかったかもしれないのに。
思わず溜息をつく。
いつもあいつを便利屋のように使ってる僕が衛宮のことを考えていることが悔しくて、そんな自分が無性に滑稽に思えた。
あの頃はずっとそばにいると思っていたのに。
呼んだらいつでも答えてくれると思っていた、信じていたのに。
知らず知らずのうちに力が入っていたのか、つめが食い込んだ手のひらが痛みを訴える。
「……衛宮」
口に乗せた言葉は誰にも届くこともなく、しんしんと降りしきる雪だけが沈黙で僕に答えを返してくる。
くだらない、なんて無駄な感情。
顔を顰める。
……あーやめだやめ。
柄にもないことを考えてしまっているのが気恥ずかしくて、ちくりと胸を刺す青い感情を鍵付きの小部屋に閉じ込めて立ち上がり、眼下に広がる街を眺める。
急に広がった視界に見えた屋上からの俯瞰の光景はよくできたミニチュアみたいだ。
早く死にたい。
そうやって思うのはいつだって一人で街を俯瞰したときだった。
こんなつまらない世界を捨ててどこか遠く。
今生の誰もがいないだろう死の奥深くへ。
どうやって死のうか。
普通に飛び降りて死ぬのもいいけど、どうせならとびきりの特別な方法で死にたい。
この世界の誰かの記憶にこびり付いて離れられなくなるような、とっても綺麗な記憶を誰かに残して。
特に衛宮みたいなお人よしの脳裏に刻み込まれる自分を想像するだけでぞくぞくしてくる。
もし死神なんてものがいるとしたらきっと僕のことを待っていてくれるだろう。
僕は、きっと死んでこそ、自分の居場所を再獲得できると思うんだ。
碧井亜希
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